Aug 28, 2007

Book

Aug 26, 2007

Aug 14, 2007

Aug 12, 2007

Star Alliance






これほしい・・・・

国際線のみかぁ・・・

Aug 11, 2007

Star Alliance





こういう記念品は欲しいなあ
値段も手頃・・・

Aug 10, 2007

Recommendation of Podcast #6

久々に良さげなものを発見!!


JP OstriX Video Podcast

Aug 8, 2007

Barry Bonds

 4日の時点でメジャー歴代最多タイの755本塁打をマークしていたサンフランシスコ・ジャイアンツのバリー・ボンズ外野手が7日、本拠地AT&Tパークでのワシントン・ナショナルズ戦で5回に右中間スタンドへソロアーチ。メジャー歴代新となる756本塁打の金字塔を打ち立てた。

 ボンズは「4番・左翼」で先発し、最初の2打席はナショナルズの先発左腕マイク・バクシック投手から二塁打とシングルヒットを打つ。そして4−4で迎えた5回1死、フルカウントからの7球目を完ぺきにとらえると、ホームランを確信してバッターボックスに立ったままガッツポーズ。舞い上がった打球は、右中間スタンド深くに飛び込み、ボンズがベースを一周してからもホームのスタンドからは歓声が沸き続けた。

 なお、大記録を成し遂げたボンズは、6回の守備からベンチに下がった。ジャイアンツはボンズの一発で奪ったリードを守りきれず、6−8で逆転負け。大記録達成を勝利で祝うことができなかった。



756th home runs






 サンフランシスコ・ジャイアンツのバリー・ボンズ外野手が7日、本拠地AT&Tパークでのワシントン・ナショナルズ戦でメジャー新記録の756本塁打を達成した。以下に、節目の本塁打、最も多くホームランを記録した球場と相手投手を紹介する。

■メモリアルアーチと対戦投手
   1号:1986年6月4日  ブレーブスのクレイグ・マクマートリー
 100号:1990年7月12日 パドレスのアンディ・べネス
 200号:1993年7月8日  フィリーズのホセ・デレオン
 300号:1996年4月27日 マーリンズのジョン・バーケット
 400号:1998年8月23日 マーリンズのカート・オハラ
 500号:2001年4月17日 ドジャースのテリー・アダムス
 600号:2002年8月9日  パイレーツのキップ・ウェルズ
 700号:2004年9月17日 パドレスのジェイク・ピービ
 715号:2006年5月28日 ロッキーズの金炳賢
 755号:2007年8月4日  パドレスのクレイ・ヘンスリー
 756号:2007年8月7日  ナショナルズのマイク・バクシック

■ホームランが出た球場トップ5
 1位:AT&Tパーク(現在のジャイアンツ本拠地)157本
 2位:スリーコム・パーク(ジャイアンツの前本拠地)140本
 3位:スリーリバース・スタジアム(パイレーツ時代の本拠地)80本
 4位:クアルコム・スタジアム(パドレスの前本拠地)39本
 5位:シナジー・フィールド(レッズの前本拠地)31本

■最多の8本塁打を浴びせた相手投手
 グレグ・マダックス(パドレス:通算340勝)
 カート・シリング(レッドソックス:通算213勝)
 ジョン・スモルツ(ブレーブス:通算203勝)
 テリー・マルホランド(元フィリーズほか:通算124勝)
 朴賛浩(アストロズ傘下3Aラウンドロック:通算113勝)

Tom Glavine

米大リーグ、メッツのトム・グラビンは5日(現地時間)、カブス戦でメジャー史上23人目の通算300勝を達成した。左腕投手としては5人目となる偉業に野球界からお祝いの声が寄せられている。

 ニューヨーク地元紙『ニューヨーク・ポスト』は7日、故障から復帰を目指している、メッツのペドロ・マルティネスが「彼は野球選手のお手本のような存在。300勝は本当にすごいこと。人間的にも素晴らしいし、彼と同じチームでプレーできてハッピーだ」と、同僚の記録達成に敬意を表している様子を紹介した。さらに同紙は、ブレーブス時代の指揮官、ボビー・コックス監督の「トムはこれまで常にベストを尽くしてきた。この偉業にふさわしい選手だ」というコメントを伝えている。

 このほかに、元メッツで殿堂入り投手のトム・シーバーや大リーグ機構のバド・セリグ・コミッショナー、ブレーブス時代の同僚ジョン・スモルツからも祝福のメッセージが届いているという。ストレートは140キロ前後ながらも、外角低めの制球力とチェンジアップなど緩急を使って積み上げた300勝。その価値は野球界にいる者が一番理解しているのかもしれない。

Aug 5, 2007

American League West

マカフィー・コロシアム(アスレチックス)

 1962年、NFL(米ナショナル・フットボールリーグ)レイダースの本拠地として誕生。68年にカンザスシティーから移転したアスレチックスが共用するようになった。現在では珍しくなったフットボールとの兼用球場で、そのためにメジャーで最もファウルエリアが広く、また屋外球場でスタンド最上部に日よけ屋根のない唯一の球場。老朽化し、観戦しづらい施設が嫌われて観客動員が低迷。公式戦では3万4077人に抑えられ、フットボール用に増設された外野の上階席部分はシートで覆われている。米国では珍しくドラムを使った「鳴り物」の応援があるが、プレー中には中断される。公式戦で最も人気があるのはジャイアンツとの「ベイエリア・シリーズ」。この対戦は伝統の一戦で、シリーズではアスレチックスの2勝1敗、交流試合(インターリーグ)ではジャイアンツが29勝27敗で勝ち越している。なお2011年からは、待望の野球専用新球場シスコ・フィールドがオープンする予定だ。



エンゼル・スタジアム・オブ・アナハイム(エンゼルス)

 1961年に球団数拡張でロサンゼルスに誕生したエンゼルスは、ディズニーランドのあるオレンジ郡アナハイム市に新球場を建設し、66年4月にオープン。一時、NFL(米ナショナル・フットボールリーグ)ラムズと共用したため、6万5000人近くまで収容能力が拡大した。しかし、ラムズがセントルイスに移転した後、野球専用球場に再改築され、97年にリニューアル・オープン。この際、フィールドの形状も左右非対称に改められた。2004年から現在の球場名に変更。開場当初、ニックネームの頭文字「A」をかたどった巨大なスコアボード「BIG A」がレフトスタンド後方に位置して名物になったが、現在は駐車場に移動し案内板として利用されている。97年の全面改築後、球場内の名物となっているのはセンター後方にある巨大な岩石群で、エンゼルスの選手が本塁打を打つと高さ27mの噴水が上がる仕組みになっている。これは、当時の経営母体だったウォルト・ディズニー社によってプロデュースされたもの。球場の住所に使われているジーン・オートリーは、往年のカウボーイスターでカリフォルニア州で放送局などを経営し、エンゼルスの初代オーナーとなった人物。球団はオートリーの功績をたたえて「26」の背番号を贈り、大投手ノーラン・ライアンの「30」などとともに永久欠番に指定。ライトスタンド後方に飾られている。



レンジャーズ・ボールパーク・イン・アーリントン(レンジャーズ)

  1994年4月、レンジャーズの新本拠地「ボールパーク・イン・アーリントン」として開場。2004年にネーミングライツで改称されたが、07年の開幕前、「レンジャーズ・ボールパーク・イン・アーリントン」への再改名を発表した。外野はメジャーの球場としてほぼ平均以上の広さだが、猛暑で空気が乾燥することが多いため、本塁打量産型、打者有利の球場と言われている。01年以降の6シーズンでチーム本塁打200本以上が5回もあるが、オープンした94年には当時在籍していたケニー・ロジャース(現タイガース)が完全試合を達成。また95年に開催されたオールスターゲームでは、野茂英雄(当時ドジャース)がナショナルリーグの先発投手を務めた。97年にはジャイアンツを迎えて史上初の両リーグ公式戦交流試合(インターリーグ)を開催。本塁打が乱舞するため、外野席が人気だ。芝が敷き詰められたセンターのバックスクリーンに本塁打が飛び込むと、両側の観客席からファンが飛び込んでボールの争奪戦を演じるのが名物。外野後方にあるヨーロッパ風の建物はオフィスビルで、1階に売店やレストラン、4階には球団事務所が入居。球場内には「Legends of the Game Museum」があり、奪三振王ノーラン・ライアンらレンジャーズOBを含めた野球界の主要なヒーローにまつわる記念品などが展示されている。



セーフコ・フィールド(マリナーズ)

 1999年7月、マリナーズにとって2番目、シアトルのメジャー本拠地としては3番目の球場としてオープン。全米で2番目の開閉式屋根付き天然芝球場だが、同形式の物としては唯一、空調設備を持たない。重さ約1万トンの屋根は展開、収納に20分を要する。最新の設備を誇りながら、外観、内装とも徹底して新古典主義のデザインが貫かれ、内外野を一周する巨大なコンコースは、西部開拓史時代を思わせるムードに満ちあふれている。イチロー、城島健司が活躍するチームらしく、すしバーも開かれている。また、レフトスタンド後方には鉄道が走り、貨物列車が通過する際、ごう音が球場中に鳴り響くのは日本でもすっかりおなじみの光景。フィールドと観客席との距離をできるだけ縮めるよう工夫しているのもこの球場の特徴で、外野にあるブルペンはコンコースに面しており、ファンが投球練習を金網越しに見られる。三塁側スタンドにあるチームストアはメジャーの球場内にある施設としては最大級で、ここでイチローグッズを大量に買い込むファンの姿は風物詩になった。2004年10月1日、イチローはこの球場でメジャー年間最多安打新記録となる258本目のヒットを放ち、最終戦でその数を262にまで伸ばした。

National League West

ペトコ・パーク(パドレス)

 2004年4月に開場したパドレスの本拠地は両翼、中堅までの距離こそ平均的だが、左中間111.9m、右中間117.3mという広大なフィールド。外野から内野方向に吹く海風の影響もあって、メジャーでも屈指の「ピッチャーズ・ヘブン(投手有利)」の球場と呼ばれている。オープンからの3年間で計186本の本塁打しか生まれていない。レフトスタンド後方にある建物は敷地内にもともと建っていた築100年の建物で、球場の一部に取り込まれてチームストア、スイート席、レストランとして活用されている。バックスクリーン右側には港町サンディエゴらしく、「ビーチエリア」と呼ばれる人工の砂浜が設けられており、デーゲームではここで甲羅干しをしながら観戦するカップルや家族連れの姿も見かけられる。日本の野球ファンにとっては、昨年日本代表が優勝に輝いたワールドベースボールクラシックの決勝会場としてもおなじみの場所だ。



ドジャー・スタジアム(ドジャース)

 1962年4月に開場し、58年から使用したオリンピック・コロシアムから移って以来、ドジャースの本拠地としてことしで45年目のシーズンを迎える。両翼、中堅、左右中間とも完全なシンメトリー(左右対称)を描くフィールドは、外野フェンスまで十分な距離を保ち、また陽が落ちると湿度が高くなる気象条件もあって、投手有利の球場と呼ばれている。開場してからの場外本塁打はウィリー・スタージェル(パイレーツ)が放った2本とマイク・ピアザ(現アスレチックス)の計3本のみ。逆に、65年にここで完全試合を達成した「黄金の左腕」サンディー・コーファックスをはじめ、野茂英雄ら投のスターを数多く輩出している。広く清潔なメインコンコース、風物詩となっているハモンドオルガンの演奏やピーナッツ売り、大型メッセージボードの活用など、開場以来進めてきた積極的なファンサービスや球場の雰囲気作りは、ディズニー・ランドをモデルにしたとも言われている。また、名物の「ドジャー・ドッグ」をはじめ球場内の飲食物も質量とも評判が高い。野球以外の使用、貸し出しは限定されているが、大物アーティストのコンサートやローマ法王ヨハネ・パウロ二世のミサなど、歴史的イベントも開催された。



AT&Tパーク(ジャイアンツ)

 寒さと強風で「メジャーリーグのアルカトラズ島刑務所」と悪評を買った旧本拠地キャンドルスティック・スタジアムに代わるジャイアンツの新本拠地として、2000年3月にオープン。命名権スポンサーの合併に伴い、パシフィックベル・パーク、SBCパーク、AT&Tパークと7年間で3つの名称を名乗ったのは空前絶後。レフト103m、センター121.6mに対し、ライトポールまでの距離が94.2mと極端に短いため、当初からバリー・ボンズの本塁打量産に有利な設計と言われていた。実際翌2001年、ボンズはこの球場で放った37本が物を言って、シーズン73本塁打のメジャー新記録を達成。往年の大打者ウィリー・マッコヴィーの名前を冠した右中間の「マッコヴィー湾」に飛び込む場外弾は、「スプラッシュ・ヒット」と呼ばれている。その打球を取るため、ボートやカヌーに乗ったファンが待ち構えているのもこの球場の風物詩。ライトスタンド下の遊歩道には試合を無料観戦できるエリア「ナットホール」があり、左中間スタンド上部に巨大なグローブとコカ・コーラのモニュメントがあるのも名物だ。また、映画監督フランシス・フォード・コッポラが経営するワイナリーで生産されたカリフォルニアワインも販売されている。




チェイス・フィールド(ダイヤモンドバックス)

 1998年4月、ダイヤモンドバックスの誕生とともにオープン。世界3番目の開閉式屋根付き球場だが、初めて全面天然芝を採用し、以後メジャーのトレンドになった。巨大な開閉式屋根の移動にかかる電気代は、地元電力会社とのタイアップで1回わずか2ドル。昼間は芝の育成のために開けられているが、真夏には夜でも40度を超える猛暑を避けるため、ナイトゲームでも屋根は閉じられることが多い。2005年まではバンクワン・ボールパーク(通称「BOB」)の名称だったが改称。両翼、中堅までの飛距離は平均的だが、高地で空気が乾燥している気候条件のため打者有利の球場と言われ、昨年のチーム打率2割6分7厘がホームでは2割8分3厘に跳ね上がっている。今季復帰したランディー・ジョンソンは58勝27敗、防御率2.67と、この球場との相性はいい。球場の名物は、ライトスタンドにあるプール席「Leslie's Pool Zone」。1試合6500ドルの高額なグループ貸し切り席にもかかわらず、予約が殺到。昨年はワールドベースボールクラシックの開場としても使用された。



クアーズ・フィールド(ロッキーズ)

 1995年4月にオープン。93年、山岳時間帯初のメジャー球団として誕生したロッキーズは、仮の本拠地としたNFL(米ナショナル・フットボールリーグ)ブロンコスのマイルハイ・スタジアムに史上最高の観客448万3350人を動員したことから、当初予定されていた4万3800人の収容能力を急きょ5万445人に設計変更した。もっとも、近年はチーム成績の低迷でチケットの入手は容易になっている。標高1600m(1マイル)の高地にあるため打球が飛びやすいことで知られ、開場2年目の96年にはチーム本塁打221本のうち、ホームで149本が飛び出した。チーム生え抜きの主砲トッド・ヘルトンも通算286本塁打のうち176本をここで放っている。しかし、近年は使用球に加湿処理を施して飛距離を抑え、2006年はチーム本塁打157本のうちホームで75本と減少。球場内の座席は濃緑色に統一されているが、3階席20列目のシートだけがチームカラーの紫色に塗られ、標高1マイルの高さを表している。球場命名権を持つクアーズは地元コロラド州に本社と工場を置く世界的なビール会社で、同様の命名権球場を本拠地とするカージナルス(ブッシュ・スタジアム)、ブルワーズ(ミラー・パーク)との対戦は「ビール戦争」と呼ばれることもある。

Aug 4, 2007

Metabolic Syndrome






高脂血症ゴロ


借りてきた

○高脂血症の特徴

甲子園決勝戦
1回、ツーアウトを奪われ、劣勢になるも
2塁打と家族の応援で再び優勢、
スリーバント失敗で「アウトッ!!」と言われ劣勢になるも
4番バルデス、意外にも勇敢で
5回にバルデス、ツーアウトでも優勝を決める!!!

甲子園決勝:高脂血症

  1:1型高脂血症
  回:カイロミクロン↑
  ツーアウトを奪われ:アポ蛋白Ⅱ欠損
  劣勢:常劣遺伝

  2:2型高脂血症
  塁打:LDL↑ と LDLレセプター欠損
  家族の:家族性高脂血症(Ⅱa型のこと)
  再び:2b(も忘れずに・・・・汗)
  優勢:常優遺伝

  スリー:3型高脂血症
  バント:β-バンド↑
  「アウトッ!!」と言われ:アポ蛋白 E 異常
  劣勢:常劣遺伝

  4番:4型高脂血症
  バルデス:VLDL
  意外:異化障害(主にTGの異化障害)
  勇敢:常優遺伝

  5:5型高脂血症
  回:カイロミクロン
  バルデス:VLDL
  ツーアウトでも:アポ蛋白Ⅱ欠損
  優勝:常優遺伝



○高脂血症の治療方法

すごいビブラートで、家族参観で目立ちましょう!!

すごい:4、5、1型
ビブラート:クロフィブレートで治療

家族参観:家族性高コレステロール血症(2a、2b型)、3型
目立ちましょう:メバロチン

参考:上述した高脂血症の特徴(甲子園決勝編)と併用して覚えれば高脂血症は完璧ですよね???
高脂血症では基本的に運動療法や食事療法による治療だそうですが、
難治例や、家族性高コレステロール血症には薬剤療法が適応になるそうです。
また、メバロチンはHMG-CoA還元酵素抑制剤のことです。




「すごいビブラート」だけでも覚える負担減った

Aug 3, 2007

Adidas NBA


EASY CREATOR




これいいな

QuestionBank




今年版でたあああああ

Aug 1, 2007

HT