Jun 8, 2007

National League Central Memo

ブッシュ・スタジアム(カージナルス)

カージナルス3番目の本拠地球場として2006年4月に開場。チームは見事、記念すべき年に10回目となるワールドシリーズ制覇を果たしたが、1965年まで使用していた初代ブッシュ・スタジアム(スポーツマンズ・パーク)、05年まで本拠地だった2代目に次ぎ、同一都市において使用した3つの球場すべてで世界一を成し遂げたのは初の快挙だった。外野後方にセントルイスの象徴ゲートウェイアーチを望む球場のロケーションは最高で、4階の内外野スタンドの中間には、ミシシッピ川を見渡せる「Riverview Cornet」が設けられ、食事を楽しむこともできる。バドワイザービールで知られる地元の大企業ブッシュ社がスポンサーだけに飲食物のメニューは豊富で、ホットドッグ、バーベキュー、ハンバーガー、ピザ、ブリトーと何でもあり。またビールの種類もバドワイザーのみならず、ボストン名物のサミュエル・アダムスまで楽しめる。人気のシートは2代目から引き継がれた「Big Mac Land」。かつてマーク・マグワイアの本塁打量産に沸いた観客は、現役最強の打者アルバート・プホルスが放つ特大アーチをここで待ち受けている。


ミニッツメイド・パーク(アストロズ)

世界初の室内球場アストロドームに代わる新本拠地として2000年にオープン。当初はエンロン・フィールドと命名されたが、03年にコカ・コーラ社が命名権を新たに獲得し、トロピカーナ・フィールド(デビルレイズ)に対抗して同社のジュースブランドから現在の名称になった。ヒューストンの歴史的建造物であるユニオン駅に隣接する関係で左中間スタンドまでの距離が短く、両翼、右中間もメジャーの平均距離よりも狭くて本塁打が出やすい。レフト席後方には122mのレールが設けられ、試合開始時やアストロズの選手に本塁打が出たときには蒸気機関車が汽笛を鳴らしながら走る。また、左中間の立ち見エリアには産油地テキサス州を象徴するガソリンポンプがあり、開場以来アストロズの選手たちが放った本塁打数をカウント。さらに特徴的なのはセンターの最深部にある傾斜30度の「タルの丘」で、フェンスの内側に3本のポールが設けられている。132.6mもの距離があるため、めったにここまで飛ばす選手はいないが、この丘を駆け上がってスーパーキャッチを見せる選手たちのプレーには大いに注目。メジャーで3番目の開閉式全面天然芝球場はテキサス州特有の猛暑もあって、コンディションの維持も一苦労。おととしのハリケーン来襲の際には、1週間も屋根を開けることができず、グラウンドキーパーが寝ずの番を強いられたこともあった。


グレートアメリカン・ボールパーク(レッズ)

野球専用の新本拠地として、2003年3月にオープン。レッズが1970年代に黄金時代を築いた旧リバーフロント・スタジアムとは対照的に打者有利の球場として設計された。特にライトは99.1m、右中間も112.8mと狭く、左の大砲ケン・グリフィー、アダム・ダンの両外野手の本塁打量産には格好の構造となっている。圧迫感を呼ぶ多層型の観客席が旧球場で不評だったこともあり、外野は1層式でオハイオ川に面したロケーション。水上を行き交う船や、対岸のケンタッキー州を望める。右中間スタンドには蒸気船をイメージした2本の煙突が立っており、レッズの選手が本塁打を打つと煙が上がる仕組みになっている。豪華なスイート席やグループ貸し切りエリア、レストランやバーなどがいくつも設けられており、一塁側にある「FSNオハイオクラブ4192」は、85年に地元の英雄ピート・ローズがタイ・カッブの通算安打メジャー記録を更新したときの本数にちなんだもの。また、年間5000ドルの特別席「Living Legends」は、ジョージ・フォスターら往年のレッズのスターたちの案内で試合前の打撃練習を見られる特典付きだ。


ミラー・パーク(ブルワーズ)

 2001年3月に開場。春先は肌寒く、夏場は猛暑に見舞われるウィスコンシン州の気候対策として4番目の開閉式屋根付き天然芝球場として誕生した。扇形の屋根が特徴で、外観は伝統的な野球場の形式をとどめている。左右中間にふくらみのないフィールドを設計したのは、殿堂入りを果たしたチームの至宝ロビン・ヨーント。昨年はチーム本塁打180本のうち96本がここで飛び出した。ブルワーズの選手に本塁打が出ると、殿堂入りを果たした専属アナウンサーのボブ・ユッカーお得意のフレーズ「Get Up,Get Up,Get Outta Here,Gone!」の文字がレフトスタンド後方で点灯。また、ソーセージのぬいぐるみが6回裏終了時に競走を繰り広げるアトラクション、「ソーセージ・レース」も名物だ。醸造業者を意味するブルワーズのニックネーム、球場命名権を持つ大手ビール会社のミラー、そして球場のあちこちで売られているソーセージは、いずれもドイツ系移民の多いミルウォーキーにちなんだもの。また、1965年まではブレーブスがこの地を本拠地としていたため、当時のブレーブスのユニホームをブルワーズの選手たちが試合で着用することもある。


PNCパーク(パイレーツ)

 2001年にオープンし、昨年はオールスターゲームも開催されたパイレーツの本拠地PNCパーク。ナショナルリーグ最少の収容能力3万8496人が示すように、フィールドとスタンドの距離が非常に近く、アルゲニー川に面した抜群の眺望もあって、21世紀に誕生した新球場の中では最も美しいとの評価を受けている。球場内にはパイレーツの歴史を飾った名選手たちにちなむものが多く、ロベルト・クレメンテらの銅像のほか、ライト側フェンスの高さもクレメンテの背番号にちなんで「21」フィートに設定。アルゲニー川の対岸と球場をつなぐつり橋も、「ロベルト・クレメンテ橋」と命名されている。また、レフトスタンドには全米にチェーンを展開するステーキ店「アウトバック・ステーキハウス」が支店を構えており、テーブル席52ドル、ブース席43ドルを払えば、試合を観戦しながらフルコースのディナーを楽しむことができる。お勧めの席は昨年の首位打者フレディー・サンチェス、華麗な併殺プレーが売り物のホセ・カスティーヨらを間近で見られる24ドルの「インフィールドボックス」だ。


リグレー・フィールド(カブス)

 開場は1914年で、カブスは16年から本拠地として使用。現存する球場としてはメジャーで2番目、ナショナルリーグでは最古の歴史を誇る。レフト108.2m、センター121.9m、ライト107.6mで両翼はメジャーで最も広いが、左右中間が狭く、ミシガン湖から吹く風の影響もあって打者有利、本塁打量産型の球場と言われている。外野フェンスを覆うツタは37年に当時の球団幹部ビル・ヴィーク氏によって植えられ、季節の折々に美しい色彩を見せることから、この球場を「全米一美しい」と絶賛する声も多い。このツタに打球が紛れ込んで見つからない場合は、グラウンドルールで二塁打になる。スコアボードはメジャーでは唯一の手動式。また、87年までは照明設備がなく、主催試合はすべてデーゲームだったが、88年に初のナイトゲームを開催。外野席の後方にあるアパートメント群が屋上に設置している「特等席」は名物。ちゃっかり入場料を取っている家もあるため、球団が訴訟を起こし、大半は利益の一部を球団に支払うことで和解している。97年までは、球団の専属アナウンサーだったハリー・ケリーが7回表終了後に放送席から身を乗り出し、“Take Me Out To The Ballgame”を観客と合唱するのが有名だったが、98年のシーズン前にケリーが急死した後は、球団OBなどがゲストに招かれ合唱の指揮を執っている。

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