Sep 14, 2007

Chien-Ming Wang

2年連続最多勝も夢ではない

 王建民は、いつものように小さく笑みを見せたが、言葉は返ってこなかった。頭の動きは頷いているようでもあり、そうではないような気もした。
 登板を翌日に控えた8月18日(現地時間)のことだ。

 取材を終えて別れ際に、実はこう言ったのだ。
「あと6勝。そうすれば、昨年と同じ19勝だ。期待しているよ。あと6勝だよ」
 王の成績は、その時点で13勝6敗。残り試合から考えて、正直なところ少し厳しい数字かな、と思いながらも言ってしまったのだ。

 スプリングトレーニング終盤での突然の故障。右太ももに走った痛みは、すでに決まっていた初の開幕投手を消したばかりでなく、約1カ月の出遅れを強いた。そのことを考えれば、王の成績は上出来だった。しかし、追い上げを見せていたヤンキースではあるが、それだけ勝つためには、残りの登板のほとんどをものにしなければならない。

 ところが、王はその翌日の対タイガース戦から負けなしの5連勝を飾り、あと1勝に迫るところまで来てしまったのだ。それどころか、この調子なら、初の20勝、さらには2年連続最多勝も夢ではない。
キャリアを変えたシンカー

 典型的なシンカーボーラーというのが、昨年の投球スタイルだった。その投球の80パーセント以上はシンカー。多いときは90パーセントを超えるときもあった。90マイル(約145キロ)半ばの球速を計時し、重い球質のシンカーは、マイナーリーグ時代に覚えた。それまでは、フォーシームとスライダーで勝負する、よくいるタイプの投手の一人だった。実際、ランディー・ジョンソンをトレードで獲得する際、ヤンキースがダイヤモンドバックスに手渡したトレード可能な選手のリストの中に、彼の名前は入っていた。だが、調査のためにスカウトを送り込んだダイヤモンドバックスは、その投球を見て獲得を見送った。シンカーをマスターする前の王はその程度の投手だったのである。

 そのシンカーボーラーが、シーズンの途中から投球パターンを変え始めた。

「昨年までと同じように投げていたら、慣れられてしまうからね。だから、シンカーの割合を減らしてスライダーやスプリッター、チェンジアップを使うようにしている。誰に言われたわけではなく、自分で判断して始めたんだ」

 普段は無口で泰然としている王だが、その語り口から意思の強さがはっきりと感じ取れる。だが、進化を続けるためにはリスクも伴う。8月初めに3回もたずにKOされたときは、以前と同じようにシンカー一辺倒でいくべき、との声も聞かれたという。また、登板ごとに大挙して押し寄せる台湾メディアの中にも、不安が広がっていた。
 しかし、王は信念を貫く。そして、2007年型の投球で白星を積み上げているのである。
チームを絶望から救う投球

 ヤンキースが一時、首位のレッドソックスから14.5ゲーム差をつけられ、ポストシーズン進出が絶望視された時期があった。しかし、9月13日終了時点では5.5ゲーム差に詰め、ワイルドカード争いでトップに立っているのは、5月以降ローテーションの中心で安定した投球をみせた王の存在があったからといっても過言ではない。

 クラブハウスでは、いつもひっそりとしていることが多い。その姿はマイナーの選手として初めて、メジャーのキャンプにやってきた03年のスプリングトレーニングのときから全く変わっていない。大きく変わったのは周囲の環境だけだ。当時、話しかけるチームメートもメディアもなく、集合の30分前には着替えを済ませ、一人ロッカーの前に座り、壁を見つめていた。だが、今はメディアが押しかける。英語もすっかり上達した。

 大きな変化はあっても、王の泰然ぶりは変わらない。それはタイトルを取っても、名門チームをチャンピオンの座に押し上げたとしても変わることはないだろう。そのように感じさせるほど、27歳の彼はたくましさを持っているのだ。

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