Jul 25, 2008

The Verve

ザ・ヴァーヴを結成する前のリチャード・アシュクロフト、サイモン・ジョーンズ、ニック・マッケイブ、ピーター・ソールズベリーは、よくおんぼろ車でウィガンの町を見下ろす小高い丘に行き、名もない一生を送りそうな自分たちにうんざりしては、何とかそんな人生を変えられないものかと考えを巡らせていた。その結論がバンドを組むことだったのだ。だがまさかここまで有名になろうとは、よほどの夢想家でさえ思いもよらなかったに違いない。
実際にザ・ヴァーヴは4枚の素晴しいアルバムを世に出している。中でも『アーバン・ヒムス』はイギリスのアルバム最速 売上史上第5位を記録し、90年代の金字塔アルバムに数えられている。驚異的なギグも行なっており、ことについ最近の2008年グラストンベリー・フェスティバルでは、ヘッドライナーとして勝者の貫禄十分のパフォーマンスを見せた。彼らの音楽はまさに「天空の音楽」であり、成層圏を突き抜けんばかりにプレイする。その一方で、冷静に足元を見つめる厳しいリアリズムがあり、世界中のオーディエンスの心にある希望と恐れに共感しながらも、そんなことより自分たちと共にもっと壮大なものを希求しないかと挑むのだ。「ビター・スウィート・シンフォニー」のリリックが会場に流れ始める−「ビター・スウィート・シンフォニー、それが人生、カネの奴隷となって死ぬだけ」−すると、この暗い内容のリリックが一気に会場を盛り上げ、今を生きろという叫びへと変わってゆく。今を生きろ−ザ・ヴァーヴこそ、その体現である。1995年のシングル「ヒストリー」のカバーに表記されている通り、ザ・ヴァーヴのモットーは「人生はリハーサルにあらず」。メンバー個人としてもバンドとしても、彼らは自分たちはもとより無数のオーディエンスに、人生を目一杯、今この瞬間を生きろとハッパをかけているのだ。
奔放さと今この瞬間を大事にするという信念が最もよく表現されているのはバンドの過激なライヴだ。スリリングなインプロヴィゼーションが続き、セットリストは意のままに変わり、曲もどんなエンディングになるか分からない。批評家の目にも ファンの目にも、メンバー個人はごく普通の人間だが、集まると抜きん出た存在になるバンドというのがいるものなのだ。ザ・ヴァーヴは全員が、卓越したプレイヤーの集まりだ。アシュクロフトは今もなお刺激的かつ異色。リバプール出身のジョーンズのダブを入れたベースはザ・ヴァーヴの音楽を単なるロックから宇宙感覚へと昇華させる。サリスベリーは一般的なロックドラムではなく、ジャズの巨匠のようにプレイするドラマー。そして「世代を代表するギタリスト」と称されるのが、極めて大胆でサイケデリックかつ実験的なマッケイブ。彼らが一堂に会するとメタモルフォシスを起こし、ステージの4人はザ・ヴァーヴを一挙に異次元へと連れてゆく。このケミストリーと奔放さはほぼ10年の空白を経ても健在だ。
4人が音楽的に特別な絆で結ばれていることは、1993年、このラインアップでリリースしたファーストアルバム『ア・ストーム・イン・ヘヴン』の頃から明らかだった。多くのバンドはデビューアルバムでピークを迎えてしまうものだが、ザ・ヴァーヴの第1作目はバンドが最も自由に独創性を発揮した作品であり、その後に繋がる重要な第一歩となっている。フックもたっぷりで、「グラヴィティ・グレイヴ」とトランスの「オールレディ・ゼア」が今なおライヴセットに登場するのも不思議ではない。
ザ・ヴァーヴの第2作目、1995年の『ノーザン・ソウル』は傑作との声が高い。タイトルはウィガンのカジノで徹夜するギャンブラーたちに敬意を表す意味もあるが、ザ・ヴァーヴ自身の経験にも基づいている。ウィガン近郊で深夜、シックとファンカデリックを聴きながらドライブしていたとき、死という極限状態に直面したのだ。「ジス・イズ・ミュージック」はザ・ヴァーヴがエネルギッシュかつ凶暴に突っ走る曲。昨年グラスゴーで行なわれた10年ぶりのギグはこの曲でキックオフした。ダブを使った宇宙空間を思わせる「ライフズ・アン・オーシャン」もお気に入りだ。未来はジョージ・オーウェルの小説やスタンレー・キューブリックの映画のように恐ろしい世界なのかと問いかけるこの曲は、「自動販売機で感情を買う」ところまで商品化された人間性の未来を描いている。だが、『ノーザン・ソウル』は、運命を受け入れることも、打撃や抑圧、人間の限界に屈することも拒否し、最悪の事態に瀕しても強い意志と人間性に基づいた独自の音楽で笑い飛ばすバンドのサウンドなのだ。そしてこの姿勢は今も彼らのライヴの顕著な一面なのである。
続いては『アーバン・ヒムス』。これはウィガン出身のザ・ヴァーヴを世界レベルに押し上げ、アメリカでプラチナアルバムとなり、2007年には Qマガジンが創設したクラシックアルバム賞を受賞。このアルバムは前作2枚に比べ歌を重視しているとはいえ、「ザ・ローリング・ピープル」や「スペイス・アンド・タイム」は彼ら特有の浮遊感のある曲になっており、世界中で500万枚を売り上げた。「ビター・スウィート・シンフォニー」での大掛かりなオーケストラを使ったグルーヴはバンドの音楽性に新たな次元を切り拓いた。「ドラッグズ・ドント・ワーク」をはじめ、「ソネット」と「ラッキー・マン」もナンバー1ヒットに輝き、『アーバン・ヒムス』はあの時代のサウンドトラックとなったのである。

ザ・ヴァーヴのようなバンドは決して安穏とノスタルジアに浸ることはない。昨年のカムバックを飾る最初のギグに先立ち−ちなみにこのギグはなんと20分でソールドアウト!−彼らはすでに生まれ変わったバンドとして1回目のジャム・セッションの音源を公開しているのだ。14分間に及ぶ素晴しい『The Thaw Session』を聴くと、メンバー同士が互いに刺激し合うバンドの良さが少しも色褪せていないのが分かる。その後まもなく、新曲「Sit And Wonder」をリリース。バンド初期によくやっていたような25分ものゴキゲンなジャムを短く仕上げた粋な曲だ。カムバック・ギグが大成功を収め、熱狂的に迎えられたのを受け、バンドは間髪をいれず12月に大々的なアリーナ・ツアーを開始。ほとんどの場合、最初のギグより大規模な会場でプレイした。
それが終わるとバンドはしばらくスタジオにこもり、ジャムを通して10数曲を練り上げ、記念碑的アルバム『FORTH』をプロデュース。多くのファンの期待に応えてあまりある内容となっているのはうれしい限りだ。さらに『FORTH』は、ファンが言うところの「かつてのザ・ヴァーヴ」が甦り、『ア・ストーム・イン・ヘヴン』と『ノーザン・ソウル』で初めて耳にした天空のジャムを聴かせてくれる。しかも「Sit And Wonder」や「Appalachian Springs」では、それに加えてバンドが得意とする強力なフックが効いているのだ。ニック・マッケイブのギターには今も魔法が振りかけられ、ジョーンズとソールズベリーのリズムセクションも以前と同じくパワフルだ。ある意味、完璧なヴァーヴである。
リリック的にはリチャード・アシュクロフトがここでも真実を追究する姿勢を貫き、人生や宇宙、あらゆる物事における深い意義を問いかけているが、以前にも増して切迫感が感じられる気がする・・・内容はどれも心を揺さぶり、洞察力に富む 聖歌のようだ。このアルバムからのファーストシングルはプログレッシヴな「Love Is Noise」。サンプリングを元にした荒れ狂う力作で、「Love is noise, love is pain, love is this blues I’m singing again(愛は騒音、愛は苦痛、愛はブルース、オレはそれをまたもや歌っている)」のラインが、「ビター・スウィート・シンフォニー」のコーラスのように極めて印象的だ。この曲はザ・ヴァーヴがヘッドライナーとなったグラストンベリーでのクロージング・ナンバーとなり、その強烈なプレイはファンを陶酔させたばかりか、たまたま居合わせた観客でさえ口々にザ・ヴァーヴのすごさを称えるほどのインパクトを与えた。
4人はもう1990年代の無謀な冒険者ではない。以前ほどサイケデリック・ドラッグに溺れることはないようだが、音楽を創ることにかけては今も絶えず全力で臨む−自分たちとリスナーを日常から救い出し、超越した次元に誘う音楽を創るのだと。すでに披露されている新曲の質と幅広い内容を見ると、彼らのその能力は少しも衰えていない。あのケミストリーと波乱に満ちたプレイは今も健在で、この先どこへ向かうのか予想もつかない。だが何が起きようとも、この4人のミュージシャンがステージに立つときはシートベルトを締めるべし。ローラーコースターばりの急旋回と急ターンに息を呑み、宇宙最強のライヴバンドの目撃者となるのだ。最後にアシュクロフトがステージでよく口にする掛け声を借りて言おう。『アーバン・ヒムス』からシャウトの効いたあのタイトル、「カム・オン!」

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