■概念・定義
亜急性硬化性全脳炎(subacute sclerosing panencephalitis SSPE)は変異麻疹ウイルスによる中枢神経系への遅発性ウイルス感染である。
なお、遅発性ウイルス感染とは、通常のウイルス感染症の感染様式とは異なり、ウイルスに罹患後数年の長い潜伏期間をもって発症し、特定の臓器に限定し、亜急性の進行性の経過をとる特異な感染症である。人では、麻疹ウイルスによる亜急性硬化性全脳炎とJCウイルスによる進行性多巣性白質脳症(progressive multifocal leukoencephalopathy PML)が知られている。
■疫学
麻疹ワクチンが普及する以前は、年間10−20例くらいが発生(この時期の年間発症率は人口100万人に対して0.13とされている)していたが、麻疹ワクチンが普及するようになってからは年間5—10例程度に減少している。しかし、最近麻疹ワクチン接種率が低下しているので、発症が増えている傾向がある。ワクチン接種の既往のある例はワクチン接種の既往がない例に比べて16から20分の1とされている。
若年麻疹罹患後の発症が多く、多くは1歳未満で、2歳未満の麻疹による例がSSPE全体の約80%を占めている。
SSPEを発症しやすい遺伝的背景については、現在のところとくに知られていない。これまでのところ一卵性双生児で同時に麻疹罹患した例での両者の発症例は報告されていない。
■病因
SSPEの発症に関連する麻疹ウイルスは、ウイルスの構成蛋白のひとつであるエンベロープを内側から裏打ちするM蛋白に構造的または機能的異常を有することが明らかにされた。これらのウイルス側の要因と宿主側の要因が関連して発症すると考えられるが、持続感染の機構については、脳では免疫応答が起こりにくいなど、いくつかの機序が考えられているが明確にされていない。
■臨床症状
麻疹感染後数年の潜伏期間を経て発症する。1歳以下の麻疹罹患であることが多い。ときに麻疹罹患の既往が明らかでない例、麻疹ワクチン接種後年単位の潜伏期間を経て発症する例が知られている。
SSPEは比較的定型的な臨床的経過をとる。通常4期(Jubbourの分類)に分けられている。
1期
性格変化、周囲への無関心、意欲の低下、成績の低下、軽度の知的低下などで気づかれる。ときに痙攣発作、失立発作を呈することもある。
2期
周期的な四肢のミオクローヌスが認められるのが特徴的である。知的能力、精神活動は低下し、歩行障害など運動能力も低下する。
3期
知的退行は著明となる。運動障害は進行し、座位もむずかしくなり、進行し臥位となる。経口の食事摂取も次第に困難となってくる。自律神経症状として異常な発汗、不規則な発熱、口腔内の分泌亢進が著明となる。また、ミオクローヌスの動きも激しくなる。
4期
昏睡状態で、両上肢を屈曲し両下肢を進展した除皮質肢位、両上肢も伸展回内した除脳肢位をとる。ミオクローヌスは減弱ないしは消失する。
全経過は数年であるが、数ヶ月で4期にいたる急性型(約10%)、数年以上の経過を示す慢性型(約10%)が見られる。最近の治療により、改善を示す例、進行が遅くなる例が見られるようになった。
■臨床検査所見
診断に必要な特徴的な検査所見として
1)血清の麻疹抗体価の上昇、2)髄液麻疹抗体価の上昇、3)髄液IgGの上昇、4)髄液IgGインデックスの上昇、4)脳波検査で、周期性の高圧徐波結合が認められる。
■治療
現在、決定的な治療法は確立されていないが、以下のイノシンプラノベクス(イソプリノシン)の経口投与、インターフェロンαあるいはインターフェロンβの髄注あるいは脳室内投与が保険適応として認められている。最近ではリバビリンの髄注も試みられている。
1)イノシンプラノベクス
免疫賦活剤としてイソプリノシン(持田製薬)が用いられている。50-100mg/kgを分3あるいは4に分割して経口投与する。副作用は特にないが、時に尿酸が上昇することがある。保険適応薬として認可されている。
2)インターフェロン(IFN)
IFNα(スミフェロン、住友製薬)、IFNβ(IFNβモチダ、持田製薬)が用いられている。100-300万単位を週1-3回、髄腔内あるいは脳室内に投与する。副作用は発熱がほとんどの例で見られるが一過性である。イノシンプラノベクスの経口投与と併用する。保険適応薬として認可されている。なお、IFNα、IFNβの効果はほぼ同じとされている。
3)リバビリン
最近試みられてきている治療法で髄腔内あるいは脳室内に投与する。0.25mg/kgを1日2回、5日間投与、9日間休薬を1クールとし、繰り返す。副作用として、肝障害などが知られているが一過性で重篤なものはみられていない。
この他、痙攣、ミオクローヌス、筋強直などの合併症状に対してはそれぞれの薬剤が用いられている。
■予後
上記の治療を行うことにより、症状の進行が抑えられたり、改善を示す例が見られるようになり、従来に比し死亡までの期間は平均6年くらいと著しく延長した。しかし、治癒することはまれであり、一般的には予後不良である。
■介護
診断は1期あるいは2期の初期につけられることが多い。できるだけ早期に治療を開始し、治療スケジュールを確立し、在宅介護にもっていくことが推奨される。3期では不随意運動、筋硬直、経口摂取困難、自律神経症状(発汗過多、口内分泌亢進、高体温など)などが著明となり、これらに対する介護が主体になってくる。4期では筋強直、栄養、呼吸などの管理が重要である。
May 3, 2007
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