3月18日、新しい交通系電子マネー「PASMO」がスタートを切った。「PASMO」を搭載する1枚のICカードを持てば、切符を買うことなく、首都圏の地下鉄、私鉄、バスが自由に乗り降りできる。JR東日本が発行する「Suica」との相互利用が可能。したがってPASMOがあればJRにも乗れる。
PASMOに集結した運輸各社の思惑はどこにあるのか? 今後の電子マネー市場はどう展開するのかを考える。
PASMOの登場でにわかに注目を浴び出した交通系電子マネー。主なものにはJR東日本のSuica、JR西日本のICOCA、スルッとKANSAI(関西私鉄連合)のPiTaPaがある。
いずれにも共通しているのが非接触IC「FeliCa」を搭載していること。読み取り機に「かざす」だけで、改札口を通過することができる。FeliCa内蔵のアンテナが電波を拾い、瞬時に処理をしてくれるからだ。面倒な乗り越し清算も自動的に計算してくれる。
しかし、その仕様はかなり違う。もっとも大きな相違点は、支払い方式である。交通系電子マネー第1号であるSuica(2001年11月発行)はプリペイド(前払い)方式。あらかじめバリューをチャージ(入金)しておき、ここから運賃を差し引く。不足したら再び新たなバリューを積み増す(最大2万円のチャージ額。乗車だけでなく加盟店での買い物もできる)。ICOCAとPASMOもプリペイド方式を採用した。しかし、唯一PiTaPaだけはポストペイ(後払い)方式を採用して、利用代金を1か月後に口座から引き落とす方法をとった。
PiTaPaだけは後払い方式を採用
PiTaPaの後払い方式採用には関西人の気風も関係していると考える。大阪の乗客は初乗り運賃を取られることに抵抗をみせるのだと、複数の鉄道関係者から聞いたことがある。130円の初乗り運賃をとられても東京の人は文句を言わない。しかし、大阪人にはこれが我慢できない。公共交通機関なのだから手持ちのお金の有無にかかわらず乗せよ、という声が強かったことも、後払い方式採用に関与したというのである。
「運賃割引をしやすいように」という理由もある。JRと私鉄の競合路線が多い関西では割引が当たり前になっている。前払いだと割引は難しいが、後払いなら利用実績をまとめてから個々に対応できる。すでに「利用回数割引」「区間指定割引」など何種類もの割引サービスを実施している。
ICOCAとPASMOはSuica陣営に参加
ICOCAとPASMOが前払い方式を採用した理由は、両カードともSuicaと同じICカード規格を採用しているからだ。ICOCAとPASMOがSuicaに従おうとしているのは、Suicaの影響力が強いから。Suicaの発行枚数は現在1858万枚。首都圏のJR東日本と仙台圏、新潟圏などで利用できて交通系電子マネーのデファクトスタンダードとなっている。
とくに首都圏ではJR東日本をはじめ複数の電鉄による相互乗り入れが多い。首都圏私鉄のPASMO陣営は、まずはJR東日本との共通性を優先させる戦略をとったために、Suica規格を採用せざるを得なかった。一方、JR西日本は、旧国鉄グループの一員としてICカードの開発はJR東日本に任せようという考えだったようだ。Suicaをそのまま採用し、名称のみ独自の「ICOCA」とした。その結果、「Suica」を中心として「ICOCA」「PASMO」が集まる陣営対、関西で独自路線を歩む「PiTaPa」という色分けになった。
オートチャージをベースにする付加サービスでJR東日本と差別化する
Suicaの弟分のようなPASMOだが、すべてをJR東日本に握られていたのでは面白くない。そこで独自色を発揮しようとしたのがオートチャージ機能だ。オートチャージというのは、残金が一定額を下回った場合に自動的にチャージする仕組み。支払いはクレジットカード払いになる。このサービスに加入すれば、金額が足りずに改札機の前で立ち往生するといったことがなくなる。
ただ、条件があって、特定のクレジットカードでなければそのサービスを受けることができない。利用できるのは、PASMOの運営会社であるパスモの「パスタウンカード」か東急、小田急、京王、西武、東武、京成、京急、相鉄、東京メトロ、都営地下鉄の10社がそれぞれ発行するクレジットカード。いずれかと契約して、PASMOにひもづけることが条件。
実質的には、私鉄が割り引きサービスを開始した
一度オートチャージを申し込めば、オートチャージでたまるポイントと乗車のたびにたまる乗車ポイントを元に、百貨店などの買い物で特典割引を受けられる(たまったポイントをPASMOにチャージできるクレジットカードもある。サービスは事業者ごとに異なる)。
なかでも乗車ポイントは出色。定期区間外で乗車すれば改札を出るまでに2ポイント(東京メトロ)たまるという。わずかな額だが、それでも電車に乗るのが楽しくなる。東急や小田急では貯まったポイントを、JALが展開するマイレージサービスのマイルにも交換できる。これまで地域独占にあぐらをかいてきた私鉄が、こうして実質割引サービスを始めたわけだ。この点で首都圏に住む人々はPASMOを高く評価している。
私鉄側はPASMOのスタートを機に、クレジットカードとセットで顧客囲い込みを図り収益アップを狙おうとしている。マーケティングならJR東日本に負けはしない。Suicaにもオートチャージ機能はあるが、ポイントなど特別なサービスはない。PASMOは、ここでJR東日本との違いを強調して集客を図ろうとしているのだ。
2枚持つのはお薦めしない
「首都圏を1枚で」のキャッチフレーズで始まった相互利用。SuicaかPASMOの1枚を持てば、首都圏の交通機関をほぼカバーできる。しかし、便利だからと2枚持つのはお薦めできない。とくに2枚を同じパスケースに入れて持ち歩くのは禁物。というのはどちらもFeliCaを搭載しているので、2枚を一緒にかざすと読取機がどちらを読んでよいのか分からず混乱してトラブルの原因になる。JRも私鉄も2枚検知したときには改札を閉じることにしたという。したがって、2枚持ってもよいが、別々のケースに入れるか、どちらか1枚に絞るかを考えた方がよい。
PASMOのオートチャージ機能付きを選ぶならば、クレジットカード会社に申し込む必要がある。そのほかの場合は、駅やバスの営業所で購入できる。最初の購入額は1000円。内訳はデポジット(預かり金)が500円、チャージが500円である。チャージは駅の券売機で1000円、2000円、3000円、4000円、5000円、1万円から選択できる。バスの車内では1000円単位でチャージができる。
なお、おサイフケータイに入るのはSuicaだけ。「PASMO」や「ICOCA」などほかの規格はまだ対応できていないから注意が必要だ(おサイフケータイに入ったSuicaをモバイルSuicaと呼ぶ。NTTドコモ、au、ソフトバンクのケータイが対応している)。モバイルSuicaはJR東日本だけでなく、私鉄、地下鉄、バスも乗車できる。特別の手続きは必要ない。
関西で進まないICOCAとPiTaPaの相互利用
関西では一足早くICOCAとPiTaPaの相互利用が始まっている。地下鉄でPiTaPaが使えるようになり、ICOCAとの相互利用も可能になった。だが、首都圏のように沸き立っているかというとそうでもない。よく大阪に行くが、相互利用している人を見ることはめったにない。というのも発行枚数が全然違うからだ。PiTaPaは60万枚、ICOCAでも250万枚ほどで、合計しても300万枚くらい。一方のSuicaは1858万枚、PASMOは500万枚を発行する予定になっている。数年後、首都圏には3000万枚の交通電子マネーが乱舞すると予測する向きもある。関西の規模は首都圏の10分の1にすぎずブームが起こるには絶対数が足りない。
なぜ、関西で発行枚数が伸びないかというと、PiTaPaが後払い方式だからだ。後払い方式は交通乗車券としては非常に優れた仕組みなのだが、利用者の返済能力を見るためにクレジットカードと同じような審査をする。全体の5%程度の人は審査で必ずはねられると言われる。一般のクレジットカードでは15%がはねられる。それに比べればずいぶん広い門なのだが、それでも審査嫌いの人が多いために、開始から3年たつのに60万人という低レベルに留まっているのだ。
もう1つ理由がある。ICOCAとPiTaPaの支払い方式が異なるために齟齬(そご)が生じているのだ。前払い方式をとるICOCAを持つ人は関西私鉄にもそのまま乗車できる。しかし、後払い方式のPiTaPaを持つ人がJR西日本の電車に乗ろうとすると、PiTaPaにお金をチャージする必要がある。後払いの手軽さに慣れているPiTaPaホルダーに改めてチャージして乗ってくれというのは難しいことなので、利用が伸び悩んでいる。前払いと後払いの方式の違いが相互利用を阻害しているのだ。
PASMOの課題はシステムの完成度
Suica、PASMOの課題としては、システムの完成度が挙げられる。首都圏の交通機関は非常に多くの人が利用するために処理件数が膨大になる。計算ミスがあったら収拾のつかない混乱が起こる危険性がある。JR東日本とPASMO協議会はICカード相互利用センターを共同でつくり、改札機の運賃判定の検証で12億3000万通りのシミュレーションを行なって万全を期したというが、そこまでしても完ぺきということはない。トラブルが起きないよう十分な保守点検を怠りなくやってほしいものである。
花が開き始めた電子マネー
今後の展開としては、Suica型の交通電子マネーが早晩全国を席巻することが予想される。SuicaとICOCA(JR西日本)はすでに相互利用を実現している。PASMOもその輪に入った。次にJR九州、JR四国、JR北海道、そして、JR東海とも相互利用が可能になり、全国の鉄道とバスはSuica型電子マネー1枚でどれも利用できるようになるだろう。その日はそれほど遠くない。
さらに、交通乗車券とは別に電子マネーの市場がまだまだ広がっていくと思う。
今起こっている交通系電子マネーの爆発は始まりにすぎない。私は「三通」という言葉をよく使う。交通、流通、通信の「通」をとってそう呼んでいる。消費者に最も近いこの3つの産業分野は、顧客との関係づくりにおいて、電子マネー、ICカードとの相性がきわめて良い。JR東日本、NTTドコモ、トヨタ、ソニー、ANAなど大企業がこぞってこの分野に参入してきたのは、消費者をまるごと取り込めるからである。そして、それぞれの分野でキャッシュレス化を進めながら、ダイレクトマーケティングを同時に展開できると考えているのだ。
革命は交通で始まり、次は流通で起こり、そして、通信に移っていくのではないかとみている。流通で言うと、4月にはセブン-イレブンが独自の電子マネー「nanaco」を発行する。イオンも独自マネーを出すという。春以降はコンビニ、スーパー周りがにぎやかになるだろう。
さらに、NTTドコモ、au、ソフトバンクのケータイキャリアで、電子マネーのデファクトを巡ってもう一揺れあるとみている。NTTドコモのiDとauのQUICPayがしのぎ削り合っているが、その決着がどうつくか。また、通信・ネットでいうと、マイクロソフトとインテルと提携したEdyが、ネット上での基軸通貨を目指した動きを活発化させるのではないだろうか。
そのほか、消費者に直結した分野なら電子マネーが花開く余地はいくらでもある。今まで気付かなかった領域で突然、話題になるものが登場するのではないか。いずれにしろ、電子マネー、ICカードの隆盛は、金融、クレジット、決済だけでなく、マーケティングからポイント、マイルまで巻き込んで、私たちの生活を大きく変え、より一層楽しいものにしてくれそうだ。
Mar 22, 2007
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